マーケティングから見たユーザーエクスペリエンス・デザイン(その1) Wunderman's View No.14
- 金森 努
- 2004/05/06
[Wunderman's View]
ここ数年来、「ユーザーエクスペリエンス・デザイン」という、いささか耳慣れない、なかなか日本語英語にならなさそうな概念が脚光を浴びている。しかし、未だに統一化された定義はなされておらず、各方面で独自の解釈が発表されている状況である。そこで読者の皆様に2回にわたって当社オリジナルの考え方をご紹介させていただきたい。その第1回として今月はユーザーエクスペリエンス・デザインの基本的な考え方・フレームワークを解説し、来月にその実践ポイントをお届けしたい。
ユーザーエクスペリエンス・デザインとはなにか
さて、今回のテーマである「ユーザーエクスペリエンス・デザイン」とは以下のように定義ができるだろう。“ユーザーとのより良い関係構築のために、一連のコミュニケーションにおいて、ユーザーにとって好ましい経験が実現できるような文脈を設計し、それをデザインとして実現するもの。”つまり、企業との接点(タッチ・ポイント)で、ユーザーに見たり、読んだり、聞いたり、触ったりという“経験”をさせ、それを通して好感を形成させ、企業にとって望ましい行動(申し込みや購入など)に導くことを実現するための方法論だ。
エクスペリエンス(経験)の重要性は昨今、ブランドマネジメントの領域でも、従来のような「ブランドイメージ」だけでなく、「ブランド・エクスペリエンス」に注目が集まっていることからもうかがい知れる。また、レスター・ワンダーマンも19の法則において「ブランド経験を作りなさい(Build the “Brand Experience”)」と述べている。ブランド・エクスペリエンスとはそのブランドにまつわる各種のコミュニケーションや商品・サービスそのものを通した“経験”を顧客に与え、顧客ロイヤルティを高めるとともにブランド価値を向上させていくという考え方だ。そして、その実現のためにはユーザーエクスペリエンス・デザインは欠かせない要素となってくるのだ。
インターネットがもたらした顧客進化とユーザビリティという考え方
携帯電話を手にしてから、人との待ち合わせの方法は大きく変わった。もはや詳細な待ち合わせスポットを決めることなく、「○○の近くまで来たら電話ちょうだい」というアバウトな約束を多くの人がしているだろう。これはテクノロジーの進化によって、人の行動が変わった一例だ。そして、インターネットも人の行動を劇的に変えた。インターネットによってユーザーは“自立的な行動”を好み、情報武装することを覚えた。例えばモノを買おうとしたときには、情報収集から購入に至るまでの全てのプロセスを自らコントロールする“賢い消費者”であろうとする。よく引き合いに出されるが、価格コム( www.kakaku.com )は確かにその好例だろう。そして、そこでユーザーが望むものは、いかに自分の求める情報をPullできる環境が提供されるかということなのだ。
そのユーザーの要求に応え、ユーザーインターフェースの“使い勝手”を向上させようとしたのがヤコブ・ニールセン氏が提唱した「ユーザビリティ」という考え方であり、それは多くのWEBサイトに導入された。確かにユーザビリティはユーザーの要求に応え、選ばれる企業、選ばれるWEBサイトになるという意味からも重要だ。しかし、WEBサイトをユーザー側の使い勝手だけで設計したとすれば、それはどこの企業のサイトも同じような機能・デザインになってしまうであろうし、そもそもの企業としての意図や狙いが達成されるという保証はどこにもなくなってしまう。その点は“ユーザビリティーの功罪”として数多く議論されているところだ。
ユーザーエクスペリエンス・デザインはユーザーニーズと企業のシーズのバランス
乱暴に言ってしまえば、“使い勝手の向上”を超えて、ユーザーの“経験”までコントロールしようという、いささか大それた考え方がユーザビリティとユーザーエクスペリエンス・デザインとの違いだろう。
例えば、必ずしも使い勝手が良くなく、かえってユーザーが苦労するようなデザインであっても、ユーザー自身が解決した喜びが良い経験となる場合もある。それを意図的に、計画的に実行するのもその一つだ。(ソニー銀行の初期段階のマネーキットのサイトはこのような意図で設計されていたと推察できる)。 ※参照:「あっと驚くWEBサイト」(ニューズレター・バックナンバー)
そして最も大切なのは、そのサイトを訪れたユーザーに対して、何に、どのような文脈で触れさせ経験させることで、どのように心理変容・態度変容をさせ、次にどのような行動へと導こうという、企業としての意志が込められていることである。つまりそれは、ユーザーの情報のPull欲求と使い勝手というニーズに対し、いかに企業側のシーズをバランスさせていくかということがポイントなのだといえるだろう。
ユーザーの声なき声を考える:カスタマーインサイトと本質的な価値
では、そのバランスをいかに取っていくのか。そのためにはユーザーの心の中を今一度洞察してみることが必要だ。例えば、ユーザーはとにかく商品の価格が知りたいと考える。ユーザビリティだけで考えれば、価格情報にワンクリックでたどり着けるべきだろう。しかし、企業としては価格以前にいかにすばらしいスペックなのかを訴えたい。結果、企業のシーズとしてスペックを経なければ価格情報にたどり着けないような導線が設計されたとする。これではユーザーにとって良好な経験になろうはずもない。
もう一度ユーザーの心を深くのぞいてみよう。ユーザーが望んでいたのはなにか。それは、Time saving(利便性の提供)である。そして、そもそもその情報を知りたかったのは、Peace of mind(心の平穏=これで良かったんだという安心感)がほしかったからだ。それに対してユーザーの求めるとおり、価格情報を提示すればよいのだろうか。一義的にはそうだろう。しかし、ユーザーが価格だけで正しい判断ができるとは限らない。だからといって、そこでスペック表を提示したところでそれが理解されるとも限らない。そこで必要なのは、企業サイドも今一度、自社の商品・サービスの「本質的価値」は何なのかということを考え、どのような文脈であればそれが伝えられるのかを考えてみることなのだ。 ※参照:「モノの本質的な価値」(公開論文)
自社の商品の価値や競争優位は価格や単なるスペックでもないと気づけば、価格訴求やスペック訴求という文脈ではない、もっと大切な文脈を発見することができるだろう。
ロイヤルティ・フレームワークの活用
さて、実際にその文脈を設計していくにあたってはワンダーマン・グループのオリジナルメソッドである「ロイヤルティ・フレームワーク」を応用することができる。このロイヤルティ・フレームワークは、顧客のロイヤルティ要素を3つの軸に分解・測定し、管理することで最適なコミュニケーションを実現するものである。この中心的な考え方である3軸の設定方法が文脈作りの参考となるだろう。3軸とは、ひとつがDesired Behavior(購買行動軸)=顧客の購買意欲や購買状況をあらわすもの。もう一つがDepth of involvement(ブランド深度軸)=そのブランドへのこだわりの強さと取引の幅の広さをあらわすもの。最後のひとつがCommitment(心理軸)=そのブランドへの好意の強さをあらわすものである。この考え方に従って、自社の全体の方向性として、まずはどの軸に関わる内容を強化するのか、どのような順番で訴求していけばいいのかを検討していくことが有効だ。
例えば、自社のブランド・商品は競合に対してスペック的にもラインナップ的にも優位である場合、ユーザーのこだわりや重層化された取引意向に応えることができるため、ブランド深度軸を高めることを検討する。そして、価格競争に巻き込まれることを回避したいのであれば、次にそのブランド・商品に対する好意を醸成すべく、心理軸を高めることを検討すればよい。逆に、スペックやラインナップによる差別化が難しい場合、何よりも先に心理軸を高めるような文脈を考えるべきだと判断ができる。
※参照:「ロイヤルティ・フレームワーク」(マーケティング用語集)
ここで重要なのは、文脈を考えるに際し、何らかの基準を持つということだ。ユーザーに与えるべき経験を一連の文脈として構築するには、何を、どのような順番で組み立てればよいのかという明確な基準がなければ、単なる思いつきの連続であったり、文脈として成立しないという結果になる。それではユーザーの経験を何ら設計していることにならないからだ。
さて、今回はユーザーエクスペリエンス・デザインの基本的な考え方・フレームワークを解説させていただいたが、実際には諸説あるこのユーザーエクスペリエンス・デザインにおいて、当社なりのポイントをご理解頂けただろうか。来月には、その実践におけるポイントをお届けしたい。
