コラムコラム

電通ワンダーマン(エントリー)

距離感が決めるメールの心地よさ Wunderman's View No.28

  • 中野 暢子
  • 2005/06/02

[Wunderman's View]

氾濫するメールコミュニケーション
eメールは、今や企業にとって欠かすことのできない、顧客との大切なコミュニケーションツールだ。また、かつてはテキスト形式のみであったが、表現の幅が格段に広いHTMLメールも普及し、“個別”にしかも“低コスト”で活用できる重要なマーケティングツールとして日々進化を続けている。

その一方で、個人のメールボックスは様々なメールであふれ、読まずに削除されてしまうということも少なくない。それだけでなく、オプトインしたことを忘れ、「勝手にメールを送りつけられた」というクレームが発生することさえあるのも現実である。現在、パソコンでメールを利用している人のうち、8割以上が何らかのメールマガジンなどに登録しているという。それは、メールが電話と異なる「非同期のコミュニケーション」であり、好きなときに情報を受信できる「登録のハードルの低さ」に起因する。つまり、メールコミュニケーションは手軽である一方、読み手が必要だと思える情報を送らなければ、そのままゴミ箱行きとなり、最悪はクレームになるリスクも伴っているのだ。

読み手のメール削除の判断基準はどこにある?
削除の判断を下す最初の要因は、もちろんそのメールのタイトルだろう。ここで、開封へのダブルクリックをさせることができなければ、すぐに削除されてしまう。当然のことながら、開封にこぎつけてもコンテンツに魅力がなければ結果は同じだ。読んでもらえるメールにするためには、“登録”という個人情報を企業に与える行為の代償として、例えば正式発表前の商品情報の提供や限定キャンペーンなどを最適なタイミングで届けることが重要になってくる。

企業と読み手の間には、パーミションが存在していても「自分に不必要」「自分とは無関係」と読み手が感じた瞬間に縁を切られてしまうカンタンな関係でしかない。いわば、気のある素振りをされているだけの「片想い相手」のようなもので、良かれと思ってプレゼントを贈り続けても、趣味が合わないと思われればプレゼントは受け取ってもらえず、そのうち「しつこい」と嫌われてしまうのだ。

では、削除されないメールとは、いったいどんなメールなのか。もちろん、戦略的なコミュニケーションプランがそもそもの目的と目標に基づいて練られていることは大前提であり、その策定、実施、評価を繰り返し行っていくというのがeメールマーケティングの基本であるのは間違いない。また、読み手一人あたりが受信するメール数が年々増加し、1通のメールを読む時間が短くなる傾向にある中、読み手の心を瞬時につかむ「コンテンツ力」がますます勝負の決め手となってきている。さらに、伝えたい情報の専門性や文章力、読みやすさやデザイン力なども、メールを制作する上で必要不可欠な条件だ。しかし、それらをクリアしただけでは“削除されないメール”にはならない。もう一つ大きな要素が欠けているのである。

思い込みの距離感が落とし穴となる!
もう一つ欠けているもの。それは「適切な距離感」である。eメールマーケティングについては様々な書籍が出版されており、それを見れば形だけの「メールマガジン」は書けてしまうだろう。しかし、「メールが持つ距離感」が書籍で論じられている例は少ない。なぜなら“距離感”とは、人が個々に持つ感覚的なものでしかなく、正解のない難題だからである。

最近よく目にする、「営業マンからの私信」的なメールや、「筆者のつぶやき」的な文章を読んで、なれなれしくて気持ち悪いと感じたことはないだろうか。もしそのような経験があるとすれば、そのメールは「距離感」を間違えているのだ。

例えば同じ新製品情報を送信する場合。

◎メールA
「○○様 お元気ですか? ××株式会社でございます。このたび弊社では、この夏に最適な新製品△△を発売することになりました。つきましては発売記念キャンペーンを実施させていただく運びとなりましたので、ここにご案内させていただきます。」

◎メールB
「○○さん、こんにちは! もう夏休みの計画は立てましたか? 本日は、○○さんの夏のバカンスにぴったりの新製品、△△についてお得で役立つキャンペーン情報をお送りします!」

メールAとBを比較すると、送り手との距離はBの方が遥かに近く感じるだろう。この距離を、「近い」と感じるか「近すぎる」と感じるかは、個人の感覚と過去行われたコミュニケーションの内容や頻度によって大きく異なる。そして、読み手が「近すぎる=不快」と感じたとき、送り手に対し一気に距離を置きたくなってしまうのだ。つまり、「好意があるはず」という思い込みから近寄りすぎ、嫌悪感を抱かれる瞬間だ。

「距離は多めに」が前提
人は、誰かと会話をする際に、よほど親しい者同士でなければ、相手と自然に約1メートルの距離を置くといわれている。また、その相手が顔を近づけてくれば、思わず後ずさりして「自分の距離」を保とうとする。メールもそれと同じで、勝手に自分の領域に踏み込んでくる相手に対しては適度な距離まで離れたくなるものなのだ。

表情や声から相手のコンディションやシチュエーションを読み取ることのできないメールは、親しい者同士のやりとりでさえ、読み手に不快感を与えてしまう場合がある。それが、企業と客との関係ならなおさらだ。送り手は、「登録してくれているのだから」「何度もメールを送っているから」という理由で、読み手の領域に踏み込みすぎるという過ちを犯しやすい。「私のことを理解しているな」と思わせることと、親しげに振る舞うこととは、イコールではないのだ。

企業と客との理想の距離は、「見込み客だから2メートル、顧客になったから1メートル」というような明確な数値化は不可能であり、正しい答えはない。確かにメール自体が日常化し、読み手も近い距離感に慣れてきているだろう。しかし、いまだに筆者自身にも不快と感じるメールが企業から届いているのも事実。だからこそ、送り手は常に、メールの距離感を意識する必要があるのだ。「送り手が思っているほどそれは近くない」と常に考えた方が安全だろう。人は、他人との距離が「近すぎる」よりも「ちょっと遠い」くらいの方が安心するものである。そしてもちろん、このニューズレター自体も例外ではない。果たしてこのメールは、“心地よい”と感じていただけたか否か・・・、気になるところである。