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競争社会の心豊かな歩き方〜リレーションシップ・マーケティングをささえるもの〜

category
ワンダーマン・ニューズレター
writer
西村 力
series
Wunderman's view No.38
date
2006年4月 6日
themes
CRM

競争至上主義の原罪「だれがニートを生んだか」
社会の二極分化、格差社会化を受け、猪口邦子少子化担当相は記者会見でニートなどを「待ち組」と表現し、「戦って負けた『負け組』は立派であり、反省すべきは『待ち組』」という旨のコメントを発表。現在もなお波紋を呼んでいる。

争点は、挑戦をした上で「負けた」人々へのセーフティネットの確立であったり、彼女ら・彼らが再挑戦しやすい土壌づくりであったり、また杉村太蔵衆議院議員が「ぼくたちは働く意欲を失っているわけではない。『待ち組』ではなく『待たされ組』だ」と反論したりと、議論はいわゆる「勝負」の存在を前提として進められている。

しかしこの議論の展開に、筆者はいささかの違和感を覚える。そもそも何故、人は勝負を繰り返さねばならないのか。何故に終わりなき競争を生き続けねばならないのか。聖徳太子の時代から「和を以って尊し」とする思想をバックボーンとし、争いごとを極力回避しながら、堅実に、粛々と、自らの役割のみをこなすことにすべてを費やし、静かにその生涯を終えてゆく。数十年も遡らずとも、我が国にはそんな美徳も存在していたはずだ。

例えば欧米諸国では、ゲームにおける先攻/後攻を決める際、コイントスが多用されるのは周知の事実であろう。これは常に表が「勝者」であり、常に裏が「敗者」であるという二元論に基づいている。

それに対してアジア圏ではじゃんけんによる決定が多いが、グー・チョキ・パーの三要素に絶対勝者は存在しない。この、勝敗にあえてグレイゾーン(=言い訳)を残すことにより絶対勝者、絶対敗者を生まない「調和の思想」こそが、数千年に渡り我々が前提としてきた文化ではないかと考える。

唐突にそれを反故にされ「競争に参加しないこと、勝負に出ないことは悪」と決めつけられると、人によっては、生きることがしんどくてたまらなくなってしまうのではないだろうか。

勝ち負けよりも大切なもの
翻って現代では、リスクを取らず堅実に生きる選択肢はもはや美徳ではないと考える者も多くなった。一攫千金を狙ったたくさんの「勝負師」たちは、何とかして一般生活者の消費欲を刺激しようと、虚栄心や物欲をくすぐったり、不安や劣等感を煽ったり、日夜膨大な数の商業メッセージを一方的に送ってしまう。

その端的な例が、往々にして「ジャンクメール」「スパム」などと呼ばれてしまうeメールやダイレクトメールの類だ。毎日うんざりとさせられるに十分以上の量が届き、多くは自分が必要とするはずもない商品やサービスの紹介であったりする。

実際のところ、DMの他にTVCFや新聞・雑誌広告、インターネット広告、看板等の屋外メディアも含めれば、一人の消費者は一日約 3,000件もの商業メッセージに接触すると言われている。そんな環境下で、企業側が伝えたいメッセージを受け手に正しくピックアップしてもらうためには、他の 2,999件と比べていかに目立つかを競ったり、同一メッセージを闇雲に反復したりすればよいのであろうか?

米国ワンダーマンのWebサイトに掲載されている論文では、消費者がメッセージを受け取るか破棄するかは、結局のところ「(そのメッセージの)発信者への信頼」に依存する、と述べられている。コミュニケーション形態がリアルかネットかを問わず、この「信頼」こそが、リレーションシップ・マーケティングの唯一にして最大の肝であるといえるのだ。

例えば、その消費者の両親や恋人から届いた手紙やeメールはほぼ間違いなく目に留まり、ピックアップされるであろう。また、お気に入りのブティックや美容院から発送されたダイレクトメールなら、目を通してみてもいいか、となるのは想像するに難くない。つまり、発信者に対する「信頼」度のモノサシが受け手の中に存在し、その上にある判別ラインによってメッセージを受け取るか破棄するかが選択される、という訳だ。

さて、ブランドを「満足への約束」と翻訳する学識者も多いことから、上述の「信頼」を確立するための方法論として、ブランド・ビルディングやエモーショナル・ボンディングといった諸説諸法も存在するのであろうが、ここではそれら抽象的な話は割愛するとして、筆者が考える具体論をいくつかかいつまんで紹介したい。

  • 商品・サービスに関係ない人たちへメッセージを「誤配」することなく、それが喜ばれる(可能性の高い)人のみに対して的確に発信すること。
  • 企業側が伝えたいことだけを一方的に叫んで「言葉の無駄遣い」をすることなく、消費者の限りある時間を熟慮し、消費者が知りたい情報だけを煎じ詰めて伝えること。
  • 商品・サービスの認知や理解も浅い時期から性急に購買を促すのではなく、時間をかけてじっくりと信頼関係を育成すること。
  • 万一顧客が解約を申し出た際にも、再度顧客になってもらえる可能性を信じ「気持ちのよい別れ際」を演出すること。 など・・・

日本の常識は世界の常識?
これらは、日本に(少なくとも理想論として)かねてから存在していた、ある種の「倫理観」といえるのではないだろうか。例えば最近見直されつつある御用聞きビジネスは、顧客ごとに異なるニーズを一つずつ丹念に吸い上げ、それらを個々に無駄なく充たしてゆくスタイルであり、そこにはメッセージの誤配も、各種リソースの「無駄遣い」も存在しない。また、昭和初期までは通常であったといわれる掛売りにしても、地域コミュニティに起因する強固な信頼関係を背景とした商習慣であり、販売者、購入者双方の信頼関係は、地縁・血縁といった、場合によっては数世代の永きに渡り育成されてきたものである。

「trust economy」、つまり小さなコミュニケーションをこつこつと積み重ね、時間をかけて構築された信頼関係を基盤とした経済の到来が近いと予測するアナリストも、洋の東西を問わず多く存在するようだ。「trusteconomy」における消費者との関係構築においては、レスポンスを獲得するためのクリエーティブやギミックの検討に留まらず、それらを全体的にプロットし、戦略的に信頼を獲得することの重要性がますます高まっていく。その対応のためには、単純に時計の針を数十年「だけ」戻してみること、それが解決の糸口になるのではないだろうか。

現代人の中には、競争に次ぐ競争の毎日に疲れ切っている人も少なくないであろうが、ビジネスワールドは、純粋に他者との優劣を競い、争うという概念から、自己の信じる道をどれだけ入念かつ緻密に推し進め、人と人との間にいかに確固たる「縁」を築けるかという方向性へと、再び回帰しているかのようにもみえる。無論、競争自体がもたらす数々の功績を否定できるはずもないが、それのみに囚われ過ぎることなく、あくまで各位が今日まで培ってきた常識と道徳とを重んじながら、戦略的に、顧客との永続的なリレーションシップを構築してゆくべきであろう。

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