インターネットにおける「価値観」の側面 TIPS★TIPS No.37
- 杉山 実
- 2006/05/18
[TIPS★TIPS]
10年以上も昔、ある会社に就職したとき、同僚から「この会社では一日に1時間以上インターネットを見るのがルールだ」と言われて驚いた覚えがある。今では笑い話だが、当時はインターネットがこれほど日常生活に浸透しようなどとは誰も思っていなかったのだ。
時は移り、インターネットは生活に不可欠なものになった。そんな今日だからこそ、もう一度そのメディアとしての可能性を、EC市場における顧客の視点で洞察してみたいと思う。
二つの世界観
まず、顧客はインターネットをどのように捉えているのだろうか。
ここに興味深いデータがある。経済産業省「平成16年度 電子商取引に関する実態・市場規模調査」にある (1)『B to CのEC市場におけるセグメント別構成比』だ。
これによると、インターネットで電子商取引をした経験のあるジャンルは以下のような順位になっている。
- 金融(銀行・証券等) 16.8%
- PC及び関連製品 16.6%
- 書籍・音楽 6.7%
以下、自動車5.2%、旅行4.7%と続く。趣味性の強いジャンルの順位は低く、例えば衣料・アクセサリーは1.4%、趣味・雑貨・家具・その他も1.3%にすぎない。
これに対し、同じレポートにある(2)『インターネットオークションにおけるジャンル別の落札経験』調査では、結果がまったく異なるのだ。
- ファッション 25.8%
- 本・雑誌 17.8%
- おもちゃ・ゲーム 17.4%
金融商品はともかく、PCですら上位に現れてこない。つまり同じインターネットの中で、まったく別の世界観が併存しているのである。これは一体どういうことなのだろうか?
オークションが理想のWebサイト?
インターネットには、大きく二つの方向性があると言われている。ひとつは不特定多数の価値観に適合する“mass”、もうひとつは明確な志向性に適合する“person”のベクトルだ。一般のECサイトは、不特定多数の価値観を対象にした“mass”のベクトルを持った拡張型、オークションは個人の価値観を対象にしている“person”的な内向型と捉えることができる。
では、“mass”的メディアにおける顧客視点とはどのようなものだろう。
(1)における上位ジャンルの共通点は、価値基準が明確なことだ。金融、PC、書籍などはどこで買っても、基本スペックを理解してさえいれば大差はない。つまり、「インターネットで買う危険性=自分のイメージや価値観とのズレ」を感じずに済むのだ。このメディアにおいて、選ばれるべきは商品自体よりも購入するサイトそのものなのであり、以下のような「付加価値」が選択基準となるのである。
- 価格(安さ)
- サービス(買いやすさ、返品対応など)
- サイト自体のネームバリュー(安心感)
反対に、趣味性の強いジャンルは消費者によって価値観の相違が激しく、基本情報だけで完全に自分のイメージとマッチングさせることが難しい。これが(1)の調査結果に表れているのである。
では、なぜオークションサイトは“person”にリーチするのだろうか。
オークションは、出品者の多様な価値観を一律化せずに混在させ、複雑化した消費者ニーズへのマッチングを受け手の主観に委ねる手法で成立している。ある意味で「マッチングすること自体が面白い」メディアであり、価値観の幅の広い商品ほどマッチングの妙があるのだ。だから、目的を持って検索しても無目的に閲覧するだけでも楽しめるし、何が現れるかわからない。こういった偶然性や期待感を、私たちは「楽しい」と感じているのである。 (2)の調査結果は、そのような消費者心理の表れと言えるだろう。
オークションは郊外型ショッピングモールになれない
さて、私たちは現実世界のどこかでこれと似たような「楽しさ」を味わってはいないだろうか。例えば、郊外型のショッピングモールである。
昨今の郊外型ショッピングモールは、ウィンドウ・ショッピングをさらに進めた、消費者参加型の消費を目指している。シネコンや美術館、アミューズメント施設などを併設し、そこに参加することで「時間を楽しく消費する」「さまざまな生活情報やコミュニケーションの場を得る」ためのゆとりの空間を提供。そこから沸き出した種々雑多な顧客の価値観を、高い商品構成力で受け止めて購買に結び付けていく手法なのだ。
これに対し、オークションサイトは発信側の主体を放棄することで成立するメディアである。“person”にリーチすると言ってもそこに送り手側の意志はない。となれば、現状のWebというメディアで、送り手側がマーケティング的な意図の下に顧客に高揚感=購入意欲を与えるのは非常に難しい、ということになってしまう。
だからこそ、発信側は、リアルタイムに「付加価値」の方をコントロールすることで、顧客を誘導しようと研究を重ねてきたのである。
その一例に、amazon.com が採用していた『協調フィルタリング』がある。これは、データベースを利用し消費者行動を予測する理論の一種で、似たような行動を取っているユーザーの嗜好情報を基に、対象ユーザーの嗜好を推測するというものだ。「この本を買った人はこんな本も買っています」という、あの技術である。
しかし、残念ながらこのようなリアルタイムマーケティング技術も、顧客側がパターン化できる価値観を持つジャンルでなければ効果が期待できない。反対に、ファッション品などは、個人の価値観や流行の変遷速度が早すぎて、追いつくために顧客データを溜めた頃には、すでに次に移ってしまっているというイタチごっこになってしまうのだ。
そういう意味で、インターネットに真に望まれるのは、「あらゆる訪問者の価値観をまず受け止め、動機を高揚させ、ニーズを引き出す場」としての機能なのかもしれない。
「場」としてのインターネットは可能か
このように、簡単に「あらゆる訪問者の価値観を受け止める」などと書くと、巷で流行のロングテール理論の受け売りと思われるかもしれない。しかし、問題の本質は流通ではなく、まず顧客を訪問させ、滞留させ、ニーズを自覚させる過程をWebサイトが自ら機能として持つことなのである。
かつて、『顧客行動を基本としたマーケティング』を提唱したJ.キッシュは、「顧客自らの意識と実際の行動はだいぶん異なるものだ」と考えていたが、実際、目的を持って買い物に行った場合でも、以下の要素のために思わぬモノを買ってしまうことはあり得ることだ。
- 「場」のムード
- 義務感(指示)
- 商品の希少性(オリジナリティ)
- タイミング(セール/限定品)
- 商品ステイタス
- ブランド感
- 第三者の推薦
- 自己評価
- 必要性
- 予算額
- 絶対的価格
- コストパフォーマンス意識
- 市場相対コスト感
曖昧な人間だからこそ、出会いやハプニング、雰囲気などが、思わぬ結果を生むことは珍しくない。しかし、今までのインターネットは、このような人間的感情を受け止められるメディアではなかったのである。
換言すれば、こういう要素をシステム的にコントロールできれば Webサイトで顧客の行動を制御できる可能性もあるのだ。それは、Web 2.0の概念とも矛盾しないし、ダイレクトマーケティング的にもアクイジションの段階で本当に必要な顧客情報だけを抽出することが可能な、新世代の「場」としてのWebサイトになるはずである。
現在、筆者は具体的方法論を整理しているので、近日中にレポートしたいと思う。
